東京高等裁判所 昭和51年(う)773号 判決
被告人 藤田靖
〔抄 録〕
三 そこで、以上に認定した各事実を前提として、本件定期預金の一部を担保から解放した被告人の所為が、組合との関係で背任罪を構成するか否かについて検討する。
組合本店長たる被告人において債権回収を確実にするため、債権に対する担保の保持を確実に行なうべき組合職員としての義務を有することは、まさに原判示のとおりであり、組合の内規にも違反してみだりに担保預金を解放し、組合の債権に対する担保権を喪失させるがごとき行為が、たやすく許されるべきでないことはいうまでもない。しかしながら、およそ本件組合の如き金融機関は、顧客との間に継続的に預金の獲得、資金の融通等の取引を行ない、これにより収益を挙げているのであって、とくに顧客が事業体である場合は、その顧客の営む事業が発展成長することは、とりも直さず金融機関である組合にとっても利益となることであるから、顧客の財産や資金状態、事業の収益性、将来性等諸般の要素を適確に把握しつつ、債権回収の確実性を期しながら適切に融資等を行ない、もって顧客の事業の発展に資するよう努めることは、組合職員たる被告人の本来の職責でもあるのであって、その手段として、時には本件のように、顧客の資金需要にこたえるため、大巾に担保預金を解放することも、組合の営業上必要、有益な行為として許容される場合があることは、否定し難いところである。一般に或る行為が背任罪の構成要件たる任務違反の行為に該当するか否かは、単に行為の外形のみによって形式的に決せられるべきではなく、当該行為がなされた際の具体的状況、行為の内容、動機意義等諸般の事情を総合し、その行為が委任の趣旨に違反するか否かを信義則に照らして実質的に判断しなければならない。
右の見地から被告人の本件所為について考察するに、前記認定のとおり、サンライズは本件当時赤字経営ではあったものの、債務の返済、利息の支払を除外すれば、売上の約五割に相当するという高率の収益を挙げていたのであり、当時ボーリングが手軽に楽しめるスポーツとして一般にもてはやされ、ボーリング場が常時盛況を呈していたことは、公知の事実であって、このボーリング熱が数年後に急激に衰え、ボーリング産業が凋落することは、当時必ずしも予見可能であったとはいい難いことをも考え合わせると、当時、サンライズが有望な企業とみなされるべき客観的条件を備えていたということができ、現に関係証拠によっても、当時組合がサンライズを良好な取引先として将来を期待しており、債権の回収にも格別不安を抱いていなかったことが十分うかがえるのである。しかも、本件定期預金を担保から解放してサンライズの資金需要を満たすことにより、先順位抵当権者である技研興業、武洲商事に対する債務の弁済が滞りなくなされれば、その分だけ組合の有する根抵当権の担保価値が増大する結果となり、組合にとって利益であることはいうまでもない。これに反し、本件定期預金の解放の要求を拒絶することにより、サンライズが資金繰りに行き詰って倒産するという事態が生じたときは、同会社との取引の継続によって得られる組合の利益が失なわれるばかりでなく、当時組合が把握していた担保価値が債権額を四、〇〇〇万円余も下廻っていたことから見ても、債権の焦げ付きによる多大の損害を蒙る結果となって、組合にとって不利益であることはいうまでもない。また、組合が根抵当権を取得していた不動産の担保としての価額は、順位一、二番の抵当権の被担保債権が完済された場合には、組合のサンライズに対する債権を担保するに十分なものであったことは前記のとおりである。
このように見てくると、本件定期預金の一部を担保から開放した行為は、たとえこれにより一時的には組合の把握する担保価値が債権額を大巾に下廻るという結果を招いたとしても、長期的展望に立ってこれを見れば、組合の営業利益に沿った行為であったとの見方も十分可能である。しかも被告人は、解放された預金額三、〇〇〇万円を一時に払い出すことなく、これを一旦通知預金に振り替え、適宜分割して払い出すという方途を講じているのであって、この点も組合の利益に沿う措置として見逃がすことができない。さらに、本件定期預金が預入され、これが担保として差し入れられるに至った前記認定ごときいきさつにかんがみると、組合として、満期日における右預金の払出要求をむげに拒絶し難い事情もあったというべきである。また、関係証拠によれば、被告人が本件預金の一部を解放したことによって、組合のサンライズに対する債権が回収不能となるなどの実害は、けっきょく生じなかったことが認められる。
次に被告人が本件行為を行なった動機ないし目的について考察するに、なるほど、サンライズの経営者である立花が当時新潟市に別会社を設立してボーリング場を経営しようと企図していたことは前記のとおりであるところ、関係証拠によれば、被告人においても右の事実を夙に承知し、立花を郷里の新潟市内に居住する被告人の父や兄に紹介してやり、同人らにおいて、用地買収の便宜をはかってやるなど、ボーリング場建設のため立花に協力し、ボーリング場経営のための別会社である株式会社新潟サンライズ設立に際しては二五〇万円を出資して、両名共取締役に就任し、被告人の父において、同会社から月額五万円の支払を受けていたこと、担保から解放された本件三、〇〇〇万円の一部が右ボーリング場の用地買収資金として使用されていることが認められ、また同証拠によれば、被告人も本件三、〇〇〇万円の一部が右ボーリング場の建設資金として使用されるであろうことを認識していたことをうかがうに十分であって、これらの事情を勘案すれば、被告人が本件定期預金のうち三、〇〇〇万円を担保から解放したのは、もっぱら立花の利益をはかる目的に出でたのではないかとの疑いも生じないではない。
しかしながら、証人立花健の原審公判供述、証人藤田一雄の当審公判供述、被告人の原審、当審各公判供述によれば、被告人が立花に父や兄を紹介してやり、これらの者の間に結びつきが生じたことによって利益を受けたのは、主として立花の側であり、被告人の父や兄は、立花が組合の取引先であることから、地元の有力者である立場を利用して同人の便宜をはかってやったにすぎないもので、これにより実売的利得を得ようとはかったわけではなく、新潟サンライズの取締役に就任したのも立花の要請により名を連ねたのにすぎず、同会社の経営に実質的に参画していたのでもないことが認められるのであって、被告人の父及び兄と立花との結びつきも、未だ被告人が、組合の内規に違反し、かつ自己の任務に背いてまで、立花の利益をはかるべき動機とするには十分でないといわなければならない。その他被告人が、本件行為をなしたことにより立花から特別の反対利益を享受したとの事実や、従来同人との間で特殊な結びつきを有していたとの事実など、被告人が同人の利益をはかり、敢えて任務違反の行為を行なう動機となるべき格別の事情の存在を認めるべき何らの証拠もない。
それゆえ、被告人が捜査段階から一貫して、本件行為をなしたのは、サンライズの倒産による組合の損害の発生を避けるための措置であった旨、供述しているところは、信用に値するものといえる。また、被告人が公判段階において、本件行為をなすにあたり組合本部の禀議を経なかった理由として、事務繁忙等にとりまぎれて、つい失念したにすぎず、別に他意はなかった旨供述しているところも一概に虚偽として排斥できない。
以上説示のごとき、被告人の本件行為における主観的、客観的諸要素を総合して判断すれば、たとえ被告人の本件行為が、外形的には、組合の内規による手続上の制約に違反してなされたものであり、これによって、その時点においては、組合に対し担保権の一部喪失という結果を生ぜしめたとしても、未だ被告人が本件行為をなすに際し、委任の趣旨に従い自己の任務を忠実に遂行すべき義務に違反するとの認識を有していたものとは解し難く、客観的な面においても、背任罪にいう「任務ニ背キタル行為」をなしたものと認めることはできない。
(岡村 小瀬 南)